| 今日は、学園の雛祭り茶会の日 朝から着物を着付け、お茶会準備 お雛様の飾った和室で、学園の先生・子供達を招いてのお茶会でした。 先月から始めた子もいるので、お菓子・お茶碗の運び方の練習からスタートでした。 今年は高三の女の子二人が旅立って行きます。 一人は就職、一人は進学。 小学生の時から関わってきたので、なんとも・・・ 近くに住んでる遠い親戚のような心境です。 子供達に「お茶を教える」というのは、単に「お点前を教える」というのではないと思っています。どんなにお点前を覚えても、お稽古をやめたらいずれお点前は忘れてしまいます。 だから、常に子供達が社会に出たときのことを念頭において、お稽古しています。 「人へのおもいやり」と姿勢正しく「立ち居振る舞いの綺麗さ」を常に口にしながら、結構徹底的に厳しく礼儀作法を言ってきました。 お点前をしない時でも、たとえ人がみていなくても、自分にウソをつかずに誠実に頑張る。 根拠の無い、薄っぺらいプライドや自信ではなく、きちんと自分が経験・努力して身についた自尊心こそが価値があり、これから子供達が立ち向かわなければならない厳しい実社会で生きていく上で、心のよりどころになるような気がします。 あなたたちはそれだけの努力をしてきたし、それは人生の中で長く自信として持っていてもいいと伝えました。 ちゃんと心に届いているのかな? 卒園する子の一人が、 「私は、普通の家庭で育ったクラスの誰よりも行儀がいいと思うし、立ち居振る舞いが綺麗だと学校の先生からも言われた。私もそう思う」 と言ってくれたとき、なんともうれしかった。 その子は勝気で小学生の時は、よく我が母に反抗しながら、時には泣きながらお点前をしていました。 母は容赦なく「泣くならやめてしまいなさい」 といい、その母を私がまた廊下に引っ張りだし、 「そんなにキーキー言うなら、お母さんが教えるのをやめてしまいなさい」と、最初の頃、試行錯誤で教えていたのが懐かしい気がします。 よく祖母が、 「親が教えてあげられない事を教えるのが、お茶の先生。だから、どこにだしても恥ずかしくないように、何でも厳しくしつける」 といっていたのを思い出します。 某コミュをみてると、お稽古事をサービス業と思ってるような印象があってとても違和感があります。お菓子代等の実費がいくら、何回自分がお点前して・・・全部お金に換算してるのかな?そうして身につくものってなんだろう?茶歴が何年。お免状をいくつ持ってる。このお点前ができる・・・それは自慢にはならないのに・・・ 子供達が、お稽古の後にきちんと正座して 「ありがとうございました」という以上のものがあるのかな? 子供達と大人では勿論違うけど、ベースは同じだと思います。 理に走りすぎては、本質を見失ってしまいます。 明日は二人の高校の卒業式なので、どんな言葉を花束に添えて渡そうかと考えながらの日記です。 お祝いの品は、野点セット(お茶碗二つ・茶せん・茶杓・ミニ棗など) 今日渡したら、とても喜んでくれました そして、お昼ごはん(お好み焼)を一緒に食べたのでした ~実は学園のご飯は全部手作りで本当に美味しいです 「一緒にお昼ご飯いかが?」と誘ってもらえるとうれしい→バカ ママンさんがいない今日に限って(笑) でも美味しゅうございました |